香美市に関わる魅力的な人を紹介する連載記事として「かみめぐり〜香美を廻る体験博〜」の各プログラムを主催する10人にインタビューを行いました。
第2回目は,『昔話を聞きながら本シャモ鍋&BBQであったまろう』を企画されました、“高知サマサマCCRCセンター”代表の鍵山さんにお話を伺いました。
(※本プログラムは新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となりました)
鍵山さんは、9年前に東京から香美市にUターン。
農業法人を立ち上げ、移住者を雇用し農産物の生産や加工品の販売、地元高校と共同で地元産品を使った商品開発を行う等、活動は幅広い分野に及びます。その活動が花結び、2017年には、農林水産省が主催する『オーライ!ニッポン大賞』でライフスタイル賞を受賞するなどの功績をあげられました。現在は、「香美市観光ガイドの会」会長や高知サマサマCCRC(※1)センターの代表理事として、地元高知の繁栄のために精力的にご活躍されています。
(※1) CCRCとは・・・Continuing care retirement communitiesの略で、別名アクティブシニアタウンとも呼ばれる。高齢者の地方移住を促し、主体的に地域コミュニティを組成・参加し、多世代と交流できる環境が整った街のこと。
日本国内や海外を巡り、多様な価値観、伝統文化、人間の社会生活に触れてきた鍵山さん。東京では2軒先までの人しか交流がなかったのに、香美市では近所は皆知り合い。帰って来て改めて高知という場所や人に温かさを一段と感じるそうです。
長年都会で生活したからこそ、田舎の素晴らしさを心から感じ、老後過ごすのには最適な環境だと確信したとお話をしてくれました。
祖先の生き方に触れて気付いたこと
高知に戻ってくるきっかけとなったのは、身内の不幸だったと話す鍵山さん。
鍵山さんは、高知出身ではあるものの現役時代は国内外を行き来する多忙な日々が続いていたため、故郷で過ごしたのは遥か昔の思い出。何かきっかけがないと帰省する機会がなかったそうです。
実家にもどり、家を見渡すと親だけでなく先祖代々の遺品があるのを見つけました。そこで鍵山さんは、鍵山家の歴史や、高知のために尽くしてきた先祖の想いに触れました。
「ボーっとして生きてはいけない、今でもそうやって後ろの方で言われている気がする。祖先の生き方に恥じないためにも、何か人のために自分ができることを・・・。
そんな事を考えていると、自分の行き着く先は“地元の為に”だった。」と静かに話してくれました。
理解し合うことで見えてくる世界
高知へ戻った後はプライベートでも仕事でも若年代とのコミュニケーションを意識的に行うようにしているとのこと。
「いろんな世代の人と話すと、彼ら彼女らから学ぶことの方が多いんです。若い人の意識を分けてもらっていつも助けてもらっています。仕事でもやはり仲間が宝。自分1人の力には限界があるし、そこに気づかなければ大きなことは成し遂げられない。異なる能力を持った人が集まって力を合わせたらなんだってできると思うんです。年代は関係なく、人は気持ちと気持ちがどれだけ繋がっているかが大事。」
と話してくれました。
そのためには相手をまずは認めて尊敬することから始まり、
「印象が悪くても人格は否定せず、何かその時の理由があると考えるようにしています。自分も理解してもらいたいから、まずは自分が理解することを心掛けているんです。」
お話しを伺い、人間関係の基本的な考えを教わった気がしました。
いろんな世代の人が支え合っていきていけるような明るい高知を夢見て
上述のCCRCを高知に実現することが鍵山さんの大きな目標。
「シニア世代には、特技を活かして、新たなコミュニティで生きていける環境づくりを。そして、それだけでなく、若い世代に対しても、自然を楽しみながら仕事もできるワーケーションの整備に励んでいきたいと考えています。」
これからの高知の未来を思い描いて今後も止まらず動き続けたいと鍵山さん。
どんな大きな夢も、小さな一歩を自分から踏み出すこと。そして継続することが大切だということ。
「目の前にあることに一つ一つにきちんと向き合っていけば、いつか道は開ける。きっと見てくれている人がいる。まずは自分にできることをやっていくのみです。」
と話す鍵山さんの背中はとても大きく見えました。
鍵山さんが思い描く高知の未来が、若い世代にも受け継がれていつか形になるように。
まだまだ通過点・・・高知の未来は明るいと思えた時間でした。
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