ベベン ベンベン!時は1185年。“祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす〜”の語り始めで有名な平家物語。

屋島源平合戦(香川県高松市)で敗れた平氏は瀬戸の海に追われ、壇ノ浦の戦い(山口県下関市)で平氏側最後の天皇である「安徳天皇」は8歳にして入水。ここに生涯を閉じると同時に平家一門の栄華も泡と消え、400年近く続いた平安時代が終結。今も壇ノ浦にある赤間神宮には安徳天皇と共に平家一門が祀られている。というのが、琵琶法師が語り広めた平家物語ではあるのですが、ホンマかいなという疑問もあって近来その研究も進んできたそうな。

平家の落人伝説というのは中四国各地に結構あるのですが、なんということでしょう!!香美市には「安徳天皇」その人はもとより、一門の公達、供奉の公卿や武者たちなどにまつわる伝承が残されています。それもいっぱい。(^^)/

高板山

例えばこんな話。

安徳天皇は、壇ノ浦で海に入られたといつわり、ひそかに阿波の山奥にまでのがれられて、後に久保(物部町)のニラ山(久万山)に来て3年程お住みになったという。今はすたれたが、太平洋戦争中の灯火管制がやかましくいわれるまでは、盆には家毎に祖先の霊を迎え又は送るためにホーカイを上げていた。長い竹竿の先に松の根を小さく割った小束をさし、それに火をつけて高くかかげたのである。久保部落の古老の話では「ホーライは出来るだけ高く上げるものだ。それは昔、安徳天皇さまがホーカイの上がるのをご覧になって、その数によって味方の多いことを知って大変およろこびになられたからだ」といっている。盆の行事もここでは安徳天皇と関係付けているから面白いではないか。(これも方丈ものがたり-ものべの民話-より)

他にも、五在所の地名は天皇の御在所からきており天皇のお屋敷があったとか、ここの御陵の後ろにはお付きの人々147名の墓があって、今も百四十七社権現(現 韮生山祇神社:香北町)として祀られているとか。

別府の聖山、高尾の平家が森にもまことしやかに伝説が残り、上韮生の高板山には安徳天皇の御陵まで存在します。

安徳天皇高坂

とってもいっぱいあって紹介しきれません。

興味ある方は、ぜひ ↓ をご覧くださいませ。

香美市観光協会ホームページ
平家伝説
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書籍「これも方丈ものがたり-ものべの民話-」発行所:物部村教育委員会

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