香美市に関わる魅力的な人を紹介する連載記事として「かみめぐり~香美を廻る体験博~」の各プログラムを主催する10人にインタビューを行いました。
第10回は、『学芸員による企画展「いざなぎ流御祈祷」展示ガイド』を担当された、高知県立歴史民俗資料館学芸員の梅野光輿さんにお話を伺いました。
梅野さんは、高知県立歴史民俗資料館の学芸員で、民俗部門の担当です。民具や妖怪とともに、いざなぎ流の研究を行い、いろいろな企画展にたずさわってきました。
民間信仰「いざなぎ流」とは
高知県香美市物部町には、古くから伝わる『いざなぎ流』という民俗信仰があり、いざなぎ流御祈祷は「土佐の神楽」のひとつとして昭和55年に国の重要無形民俗文化財に指定されました。
いざなぎ流の起源は明らかになっておらず、陰陽道や仏教、巫女信仰などの要素が合わさったとされるその奥深い世界は、太夫※からその弟子へ受け継がれてきました。
現在、梅野さんは高知県立歴史民俗資料館の学芸員として高知県の民族を調査研究し、紹介するのが仕事ですが、その中でも『いざなぎ流』は特別なのだそうです。
『御幣(ごへい)』と呼ばれる和紙を切って作られたものに、神々や精霊を宿らせ『太夫』が祈りをささげます。。この御幣には様々な形や顔のあるものもあり、少なくとも200種類にも及ぶそうです。
梅野さんは「いざなぎ流では、神や精霊など目に見えない存在と人間は同じ世界を共有しており、人間は神や精霊にも配慮しなければならないと考えられていました」と言います。
病気や不幸は、神や精霊への配慮が足りず、機嫌を損ねると起こるのだそうです。現代では、病気は医学的な原因があると考えますが、医学が発達していない時代には、目に見えない神や精霊のせいにされていたのだとも。いざなぎ流の太夫は、御祈祷によって神や精霊の機嫌を直し、あるいは災いをなす悪霊を追い払い、目に見えない存在との関係を修復することで、人間の身体の不調を回復していたのだとも….。
かつてこのような信仰は各地にありましたが、今では失われているものが多い中、いざなぎ流は形を変えながらも、その信仰世界が今の時代まで伝えられています。
いざなぎ流に関して梅野さんは「地域の祭りには、神職や僧侶を雇いながらも、村人が主役の踊りや神興の行列が中心になるところが多いのですが、いざなぎ流の祭りは『太夫』というエキスパートが主役です。もちろん、他の祭りでも神職や僧侶を雇いますが、いざなぎ流太夫の役割ははるかに大きいのです。神社というより、個人の家での祭りが中心で、中には一週間という長い時間を要する祭りがあったことも他とは違う特徴です。」とも話してくれました。
※太夫・・・いざなぎ流のさまざまな知識を習得・管理している宗教者。
自分の好奇心が待つ先に出会ったいざなぎ流
梅野さんは幼少期、その頃ブームとなった『ゲゲゲの鬼太郎』というアニメを見て妖怪という存在に惹かれたそう。中学生の頃、妖怪も研究対象とする民俗学にふれて、現地に行けば、妖怪が伝説として実際に存在したものとして言い伝えられていることを知り、ただの子供騙しではない妖怪の奥深さに心惹かれます。
それぞれの土地に根付く伝説や言い伝えがなぜ生まれたのか、どのように言い伝えられ残ってきたのか、その背景にある暮らしはどのようなものだったのか・・・
妖怪に関心を持ったことをきっかけに、大学では昔からその土地に根付く暮らしや文化を研究したいと考え、民俗学を専攻することになりました。そして、大学院に通っている頃、師事した小松和彦さんが研究していたのが『妖怪』であり、『いざなぎ流』でした。
小松さんの指導で物部村を訪れ、実際に太夫に会い、話を聞いた事で、いざなぎ流の世界がとてつもなく深いことに気づき、今まで知らなかった未知の世界が開けたように感じたそうです。「それを守れなかった人には悪いことが起こるので、神や精霊の機嫌を損ねないように」と太夫が真剣に話す様子が印象的だったそうです。
人間の想像力で目に見えないものに命を吹き込む
曖昧な存在が人の心に与える影響・・・現代では、山などの自然は人間が思うとおりにしてもよい資源や財産として考えられていると梅野さん。
いざなぎ流では、山や川などの自然は人間のものではなく、山の神や水神が支配しており、その眷属である精霊や生きものが棲んでいる所というのが基本的な考え方なのだそう。
このような信仰のもとでは、神や精霊や生きものたちは、いずれも人格を持っており、ぞんざいにはできない対話が必要な他者でした。それゆえに、人々が自然や生きものに敬意をいだき、大切にしようとする心が育まれてきたのだと感じます。
神や精霊が実在しないのだとなった頃から、自然は人間にとって有益かどうかだけで判断される対象になったように思えます。目に見えないものたちが息づいていた世界がどれだけ自然の風景に厚みを与え、人の心を豊かにしていたのかということに気づかされます。
曖昧な存在そのものが繋げてくれたご縁
高知県立歴史民俗資料館の学芸員という仕事は、たくさんの方と出会う仕事でもあったそうです。
立場や職種、年齢も関係なく、出会えた人とやがて何かを作っていくようなお付き合いが始まることもありました。そうならなくても、出会った人の言葉や印象が新しいものを考えるための原動力になっていきます。
「いろんな形で出会った人と、自分だけでは思いもよらない何か新しいものを考えたり、作り上げたりすることが楽しいですね。自分にないものを持っている人や、面白い考えをする人と話をしたり、企画を考えることで、アイデアやヒントが生まれたりします。ここ高知県立歴史民俗資料館で担当した企画展や催し物もそうやって生まれたものが多いですね」と話してくれました。
「歴史や文化が後世に伝わるのは、昔のままの形でなくて良いと考えています。暮らしや社会が変わるのに、祭りだけが変わらないというのは無理ですよね。でも、歴史のなかで蓄積されてきたものが形を変えても残せるならいいと思います。形だけでもあれば、そこから昔の人の考えを読み取り、次の時代に再生させる種になりますよね。高知県立歴史民俗資料館の学芸員として思うのは、いざなぎ流だけでなく、高知県に古くから伝えられている文化や伝承に息を吹き込み、現代に生まれ変わらせることによって、みなさんが自分のルーツや祖先を再発見できるような取り組みができたら面白いですね。」と梅野さん。
いざなぎ流を学んで考えるのは、目に見えるものだけではなく、想像力が生み出した、いるかいないか曖昧なものや伝説や民族などの言い伝えに目を向けてみると、今までとは違ったものの見方や、生き生きとした世界の捉え方に繋がるのかもしれません。
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高知県立歴史民俗資料館
住所:高知県南国市岡豊町1099-1
電話番号:088-862-2211
HP:https://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~rekimin/
(たくさんの企画展をされています。是非チェックしてみてください。)
奥物部美術館(いざなぎ流御祈祷開催中)
住所:高知県香美市物部町大栃872-2
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【外部リンク】
かみめぐり 学芸員による企画展「いざなぎ流御祈祷」展示ガイド https://kamimeguri.com/programs/61936e9b421aa9000179126f