過疎と高齢化に伴い人口減少が進む高知県香美市物部町。物部町には、わずか数世帯のみという集落も少なくありません。今回は物部町中津尾(なかつお)という住む人が誰も居なくなった集落のことをご紹介します。
同じ町内なのに他の市をまたいでいく集落
物部町の中津尾(なかつお)という集落。ここに行くには、物部の中心部大栃から隣接する香南市、安芸市の山間部を通り、また香美市に入るというのが主なルートで、同じ町内なのに、他の市をまたいで1時間近くかかる道のりです。
道は心細くなるほど人家がぽつぽつとあるばかり。途中の未舗装の道でパンクしたとしても携帯の電波が通じない場所なので「一人では行かれんで」と言われるようなところです。
集落にただ一人となったおじいさん
私は今年の2月、ここの集落で祀られている薬師さまのお祭りに行ってきました。数十年前までは小学校の分校があったほど集落に人もたくさん住んでいましたが、現在は放棄された田畑や廃屋となった家々が残されていました。
集落にただ一人の住人となった95歳のおじいさんとその息子さん、中津尾の出身者の方2人、合わせて4人の小さなお祭りでした。私は中津尾のことが知りたく、ここで生まれ育ったおじいさんにお話を伺いました。
「ここは平家が落ち延びてきたのが最初といわれていて、自分で30何代目か。」
「自分の叔父さんにすごい太夫(たゆう)がおった。法力が使えて、鶏が歩きゆうのをピタっと止めることができよった。」
「日本の水神を集めて雨乞いをした日、叔父さんが知らん(意識がない)ようになって、榊(さかき)を持ったまま動かんと思ったら、胴がすいて上がりよった(宙に浮かんだ)。そのとき雲が来てお宮の周辺を包んだ。次の日は昼にかけて雨が降り出した。」
「妙なことをする人やった。水虫とか悪いくがあると、まじないにきて不思議に治った。」
などと、にわかに現実とは信じられないお話ばかりで、こちらはひたすら驚くばかりでした。
この場所で暮らす意味
便利に慣れてしまった私たちにとって、この中津尾で日常生活を送ることはすごく不便に感じてしまいます。しかしこの集落にも、おそらく何百年も人々の暮らしが営まれてきて、様々な歴史や文化が刻みこまれています。そんな場所で、そんな場所だからこそ、そこで暮らし続けているおじいさんの姿に心を打たれました。
その一月後、おじいさんがお亡くなりになったとの知らせを受けました。私がお会いした時間はわずかなものでしたが、中津尾で暮らしていたおじいさんの姿は一生忘れられないものとなりました。
今や、住む人が居なくなってしまったこの中津尾集落。集落がなくなると、そこで長く息づいてきた歴史や文化、人々の営みが分断されてしまいます。そういった集落があって、人々が生きてきたということを、私は少しでも多くの方に知ってもらいたいと思っています。
この記事を書いた人
【プロフィール】矢野 恵 高知市出身。2012年10月より3年半、物部町の地域おこし協力隊として活動後、現在土佐山田町在住。 物部の人、自然、文化、いざなぎ流をこよなく愛する。物部や香美市の魅力を発信し、地域文化の面白さや奥深さを伝えていこうと鋭意活動中。 |