2022年1月発行の「いなかみだより№41」をお届けいたします。
香美市の移住者インタビュー09
『 風 土 』浅田 剛司さん・かよこさん・宗秋くん
香美市香北町西川に移住し、家族の新たな暮らしを作り出す浅田さんご一家。居室と庭をゆるやかにつなぐ土間の台所で、宗秋くんも交え、これまでのことやこれからのこともお聞きしました。
剛司(たけし)さん 広島県出身。広島のバンドメンバー全員で上京する。ソニー主催のオーディションでグランプリ受賞。警備員として務めながら、自身のバンド活動の他、ミュージシャンをギタリストとしてサポートするなど、音楽活動を続ける。
かよこ(佳代子)さん 出身は愛知県。親が転勤族だったため関西で過ごす期間が長かった。学生時代や自立後も、海外も含めいろいろな場所で生活。東京では地域コミュニティに溶け込むカフェを5年間営む。
出会いは、剛司さんがかよこさんの営むカフェの常連さんだったこと。剛司さんは、初対面の時から、かよこさんとは一緒に何かをする縁がある人だと感じたそう。時を経て、ふたりで行う活動に「風土」と名付けることになった。
・・・・・・
かよこさんは20歳過ぎからの3年間、病のために療養したという。その経験を活かし、東洋医学を学ぶために上京。卒業後は、体だけでなく全体を整える食事も学ぼうと、食養を実践する宿でスタッフを経験。東京に戻り、マッサージの仕事をしながら料理も続け、友人とともに西荻窪でお店を立ち上げる。その店で出る生ゴミ堆肥を活かす畑を始めることになり、剛司さんにも声がかかり、お店メンバーの輪に入ることになった。
ある時、かよこさんはお客さんから「地方に行ったら食材が余るほどある。料理できる人が現地に行って、それを保存食にする。その保存食を持って次の場所へ行き、お料理をして、また保存食をつくる‘バトンをつなぐ旅’」の提案を受け、日本各地へ旅に出ることを決める。それは、旅と料理の記録を本にまとめる企画として動き出すことになった。その当時、一眼レフカメラによる撮影に目覚めていた剛司さんは、知り合いの編集者さんの薦めもあってカメラマンとして同行することに。最後は、もともとデザインに関心があり、絵の勉強をしていたこともある剛司さんが本の編集も担い、発行人となった。
高知県香美市との出会い
かよこさんは、お店を営んだ期間の後半に「海外でお店を開くか、様々な食材が育つ姿を身近に感じられる場所でお店を開きたい」と移住を考えていたという。本を作る過程でお店を離れ、フリーの料理人となり料理教室を主宰、セラピストとしても活動する。
2018年12月、『一度きりのレシピ』を無事出版。本作りの裏テーマには「移住先探し」もあったが、移住先はすんなり決まらなかった。おふたりとも「旅で訪ねた先は、どこもすごく素敵でよかったのだけれど、暮らす実感がわかなかった」という。かよこさんにとっては、移住先でお店を開く前提条件があり、「訪ねた場所では、お店をするイメージが持てなかった。すでに魅力的なお店がたくさんあるところでは必要ないだろうし…」と思うこともあり、決め手がなかったそうだ。
考えるうち徳島に魅力を感じ何度か通ったタイミングで、先に南国市へ移住した友人を訪ねて高知まで足を延ばし、ついでの感じで香美市にある2つのお店を案内してもらう。そこでの出会いで潮目が変わった。
剛司さんは「香美市に来てみて、ネガティブな要素が何も思い浮かばなかった。お店の人もよかったし、カフェに集まっている常連さんも力の抜けた人達でよかった。ここで素敵に暮らしている人たちと出会えた」と話してくれた。かよこさんも「人の距離感がすごく心地よかった。ウエルカムなんだけど踏み込みすぎない感じがしたし、雰囲気がよくて、わたしたちにとって、ちょうどよかった」と。
一度東京へ戻ったおふたりは、友人から聞いた いなかみ へ連絡をとり、空き家バンク登録物件の見学へ訪れた2019年5月、現在の住まいに出会った。
香美市での暮らし
空き家バンク物件の引き渡しと改修の一年間は、物部町にある「お試し移住体験住宅」に滞在。高知の食材に親しみ、知り合った農家でアルバイトをする。さらに、香美市内の各イベントへも出店。カフェを間借りして『風土』を限定オープンすると大盛況だった。少しずつ仕事を展開しながら、大工さんを手伝う形で家の改修*にも参加。その後、住まいとなる香北町西川へ引っ越しが完了し、家が整うのを待ったかのようなタイミングの2020年9月、宗秋くんが誕生した。
地域の中では、久保川地区で氏子にもなった。移住して早々に「以前は決まった数人が区長をやっていたが、負担も大きくなっている。全員で回すことになったから、協力してくれるか?」と声がかかったそうで、いずれ区長を引き受けることが決まっているという。また、宗秋くんの1歳誕生日には、ご近所さんから一升餅が届けられたりと、日頃から地元の方に良くしてもらっているとのこと。
暮らしを作っていく中、準備していたイベント出店がコロナ禍で全部キャンセルになる事態もあったが、「この機会に、あたらしい形にチャレンジしようと菓子製造業の許可を取得。お店への納品や個人の注文を受けるだけでなく、ネット販売にも挑戦した」とのこと。
一方、出版をきっかけに本格的に始動したと思われたデザインの仕事について、剛司さんは昔から音楽のつながりがある人に限ってフライヤーやジャケットデザインを受けている。写真撮影は、「作家でもある友人に背中を押されて、やってみたいな〜と思っていたけれど。大々的にやるのではなく、つながりの中で知っている人が頼んでくれて、喜んでもらえたらいいかな」というスタンス。剛司さんは、「一番やりたいことは『風土』。『風土』というのは、イコール浅田家」と説明してくれた。
「風土」の展開
家は、お店を開く構想があった中で出会った物件であり、屋地には、母屋の他に建築年代がさらに遡る納屋と蔵が建っていた。当初は、納屋を改修する形でカフェ空間を作ろうと考えていたが、大工さんと相談した結果、建築材の傷みも見受けられるため、一部を解体+新築でカフェを建てることになった。その大工さんが建てた家を訪れたときに「すごく清らかな感じがしたから、お願いしたら楽しい空間ができそう」と直感があり、来春の着工を楽しみにしているとのこと。
カフェは、「カフェを中心とした、場作り」を思い描いているそうだ。「食が一番わかりやすいので、カフェが入口となって、イベントや‘お茶会’ができたら」と、ライブや展覧会を開くなど、みんなで楽しむ機会も作りたいと考えている。
かよこさんが「剛司さんは写真やデザイン、音楽を伝えることができるので、教室やワークショップを開くことをすすめてみたけれど…」と言うと、剛司さんは「先頭に立つとか教えるのではなく、場の中に人が集まって、お互いが教え合うくらいがちょうどいい。名付けるとしたら‘お茶会’かな」と返答。さらに、かよこさんご自身が主宰していた料理教室について振り返り、かよこさんは「材料を用意して食材それぞれのストーリーを話して、わたしのやり方をやってみる。その後は、みなさんが自由につくるという教室をやっていました。立ち止まっている人には助言もしたりしながらも、想像しなかったおいしいものができる。教室だけど、わたしが教えるのではなく、集まった人から沸き起こる何かが楽しかったです。教室というより、何でしょうね…料理を通じて、自分らしく自由に過ごしてもらう場所だったのかな。 」と話してくれた。
かよこさんは、「皆さんの期待は感じていますが、お店は、週に数回しか開けられないかもしれません。お店以外にも、本作りなども自分のやりたいアイデアもたくさんありますが、まずは心地よい暮らしの土台を築きながら『風土』は進めたいと思っています。子どもの成長に合わせて、家族の時間を優先しながら、ゆっくりやっていきたいです。」と柔らかく語ってくれました。
(記事作成:NPO法人いなかみ)