NPO法人FUSEとNPO法人いなかみの連携企画「個人事業」をテーマにした連載記事、第13回をお届けいたします。
女性に香美市のお気に入りの店を聞くと必ず入ってくるのが「ちむにぃのパン」。今年で7年目。県道31号線沿いにあるこのお店に、今日も遠くからお客さんが来ます。今回は「パンと雑貨の店 chimney」オーナーの宮本賀代さんにお話を伺いました。
パン作りを手がける宮本典洋さんと店を切り盛りする賀代さん。
★この店を始めたきっかけは阪神大震災
もともと兵庫県に住んでいた私たちは、阪神大震災を経験しました。震災をきっかけに「いつ何が起こるかわからないから、日々悔いがないように生きたいな」という思いが私の中にありました。
主人は当時、鉄鋼会社に勤めていたんですが、なんとなく小さい頃から、物作りをしてお客さんに喜んでもらえる、形が見える仕事がしたいと思っていたようです。私はもともと看護師をしていて、私の仕事はダイレクトに相手の反応が返ってくるんですよね。それも羨ましいなという話になって、できたらそういう仕事がしたいと言うんですが、子供も2人目が産まれたばかりで、なかなか難しかったこともありました。
でも、考えてみたら、やはり人生は一度きりですし、やりたいことはやらせてあげたいなと思っていたんですね。私は実家が高知ですので、出産で里帰りをしたときに、母に思い切って冗談交じりに相談したんです。すると、「協力してあげるから高知に引っ越しておいで」ということになったんです。
でも、主人は大阪の人なので、自分の故郷を離れるのは嫌だろうなと心配したんですが、「いや、高知、全然良いよ!」と言うので、思いきって高知に来たんです。主人は11年ほど野市のパン屋さんで修行させてもらって、私も看護師として仕事をしていました。
ただ私が体調を崩してしまい、さてどうしようと思っていたら、知り合いの方に「何か夢とかないの?」って聞かれ、自分たちで出来るパン屋さん、雑貨屋さんができたらいいなぁという夢はあるけど、家も買ったし、なかなかお店を持つのは難しいよねと話したら、たまたま、そこに工務店さんがいらっしゃって「それは借りられますよ」と言うことで、トントン拍子にやろうかと言うことになったんです。
県道31号線沿い。のどかな田舎の風景をバックにパンの焼ける香ばしい匂いとカスタードのおいしそうな匂い。
★流れに乗って、この場所へ
その日の夕方「宮本さん、良い物件があったよ」と連絡が来ました。何かそういう時って多分、物事が良い方向に行く「流れ」みたいなものがあるんだろうと思うんですよね。その流れに私達の方が乗った、という感じです。
見たままのように、ほどよく車の通りがあって、のどかな田舎です。そんなに費用もないので、借りるとしても、お家賃が安いところでリフォームさせていただけたらと。買うのはなかなか難しいと思っていたので。そしたら、大家さんがとても良い方で、「わしはパン好きやから好きなようにしてくれていい。遊んでいる家だからやってくれ。」と言ってくださったんです。
この地域は町に近い場所ではありますが、意外と過疎化が進んでいるんです。「高齢の方ばかりで、お店もなくて、さびれて行く一方やから、ぜひやってほしい」とありがたいことを言って下さったので、そういうこともあって、ここで店を開くご縁ができたわけなんです。
店内。ずらりと並んだかわいい焼きたてパン。奥には雑貨コーナー。高知県内の作家や音楽家とのコラボイベントなど、作品・情報の接点をくれる素敵な空間です。
★この仕事を始めて良かったこと。
こんな田舎なのに、わざわざ市内や県外からも足を運んでくださるお客様がいらっしゃることです。イベントにも出店させてもらったりしているんですけれども、お客さんに「良かったよ」「美味しかった、また買いに来るよ」と言ってくださることや、イベントで食べて、また市内の方から足繁く通ってくださる方、1ヶ月に1、2回、遠いのに通って下さる方もいらっしゃってとても嬉しいです。
特に子どもはすごく素直ですから「かわいいパンを見て元気が出ました」とか言ってくれることに、逆に私たちの方が生きがい、活力とか、そういうのをいただいているなぁと日々感じています。
雑貨は、普通の雑貨屋さんというのを目指しているわけではなく、やはりせっかく高知でやるんだから、沢山いらっしゃる高知の素敵な作家さんを紹介したいんです。そのため、ご縁があって出会った方たちに、こちらからお願いして置かせてもらっているものばかりです。
みなさんがんばってらっしゃる方ばかりで、豊かな人間性の方々とお付き合いさせていただいていることにも喜びを感じます。
あとは、そうですね。ここにお店を出すと決まったとき、周りに店が何もなかったので、近所の方にすごく応援していただいて、今でも毎日お店に来てくださる80歳を超えた方もいらっしゃるし、どこかに行くとき、お土産に活用してくださっていたり、本当に地域の人に助けられています。
イベントの時も場所を貸してもらったり、いろいろ相談させてもらったり。そういう点では、ここに来て本当に良かったなと思うことがたくさんあります。
スタッフは近所の高校生。「このあたりはまだ土地が空いていて、新しい家も建ってきているので、若い方が引っこして来たらぜひお手伝いして欲しいですね。地域の方と関わりを深めて行きたいです」(賀代さん)
★天候にだけは太刀打ちできない
どの飲食店も同じかと思いますが、この仕事の難しさはお天気に左右されることです。いつも同じようにお客さんに来ていただけたらいいんですけど、7年経ってもやはり日々お客さんの数にはバラつきがあります。「天候」には太刀打ちできません。遠方から来ていただくお客さんも、足を運んでくださるかどうかは天候によりけりです。
ただ、うちはありがたいことに委託販売をはじめ、他のお店とつながりを持たせていただいているんです。そのお店の紹介で県外にもお菓子を委託販売させていただいたり。あとは、毎日、曜日と日時を決めて移動販売にも行っています。そういう形で、なんとか経営が上手くいきつつあるところです。
★個人事業のポイントはSNSの活用
『カフェ&キッチン赤い実』さんがインタビューでおっしゃっていたように、私もSNSの上手な活用を勧めたいなと思います。やはり実際のところ、SNSの口コミ力はすごいなと思います。最初はブログから始まったんですが、Facebookを始めて、今はメインがInstagramに変わっています。
【関連リンク】
SNSを活用してお客さん増加!香美市のカフェ&キッチン あかいみ
http://inakami.net/works/akaimi-12051.html
Instagramは、写真をぱっと撮って、その場の感情とか雰囲気とか始めたことなんかを、すぐに読者の方に伝えることが出来るんですよね。どういうわけか、Instagramを利用されている方は、発信を見て、すぐに反応してお店に来てくれたり、拡散してくれるんです。そういうのがとっても嬉しいなと思います。
「場所が離れていても、車さえあれば足を運ぶよ」っていう、そういう行動力のある方がInstagramをされている割合が多いと感じます。
★地域のつながり。コミュニティの発信源に
地域の方とは普段からお互いに話をして、協力できたらいいなと思っているんですが、まだまだお店のことだけで精一杯で、地域の方にお世話してもらっているばかりで、まだお返しもできていない状態です。これからは地域のために、何らかのコミュニティの発信元になれたらいいなと考えているところです。
例えば、この店の前にある「西川酒店」さんは昔からここにあるお店で、地域の方のお世話役というか、地域をつなげる役割をされていたそうなんです。今はご高齢になられて、ゆっくりペースになられていますが、お話を聞くとお店が地域の方々の心のよりどころになっていたんだなぁとすごく思います。
だから、次は私たちも何かできればいいなと思っているんです。かわりにお買い物に行くというところまでは、まだ現時点ではできないかもしれませんが、やがてこの店も、過疎化に対して協力できる拠点となることができたらいいなと思います。
10年後のビジョン
そうですね。10年後の経営的なものは言い出したらキリがないですね、片手団扇でやっていたいなぁ!とか思う気持ちもあるのですけど(笑)。でも、そんなことより私は、今来てくれているお客さんあっての店だと思っているので、その方々が、例えば今3歳の子どもが10年後に13歳になったら、お友だちと一緒に店に来てくれたり、20歳の子が30歳になって、40歳の方がおばあちゃんになってお孫さんを連れてくるとか、そういうお付き合いをずっと続けて行けたらと思っています。
その方々の人生の何かひとつの喜びであるとか、そういったものを私たちも一緒に共有できるようなお店になれたらいいなと。それって簡単なようで難しいと思います。他にもたくさんのパン屋さんがありますし。だけど、その中で、なんとなく「ちむにぃ」に行ってみるって言われるお店に成長して行けたら
嬉しいなと思いますね、本当に。
香美市は多分、個性的で色んなアイディアを持っている方が多い地域だと思うんです。だから、お互いに、高齢者も、若い方も住みやすい市、町に上手に変わって行けたらいいなと思うんです。
何かやるにしても、若者だけじゃなく、おじいちゃんおばあちゃんも一緒に出来るような事が、もっと増えていけば良いですよね。少子化、高齢化でさびれてつまらんから出ていく、というのではなくて、逆に「ここだから住みたい」って思える町になってほしい。私たちの店も、何か一つそのきっかけになれたら嬉しいなと思いながらやっています。
震災、移住、そして念願の店。流れに乗り、引き寄せられるようにして来たお二人。「人生は一度きり、やりたいことはやらせてあげたい」そんな賀代さんの言葉には、非常に感じ入るところがありました。反応の早いインスタグラムの力。そして、地域に還元する力。楽しそうにパンを選ぶお客さんを見ていると、この店が愛される理由がよくわかります。「形がかわいいし、めっちゃおいしい」。おばあちゃんと一緒に来た子どもの嬉しそうな顔が今も目に浮かびます。
■パンと雑貨の店 chimney
香美市土佐山田町神通寺346−2
【外部リンク】
宮本賀代さん(chimney)Instagram
http://www.imgrum.net/user/chimney2009/1486766455
【関連リンク】
移住者の小さな起業を応援するプロジェクト「いなか・ラボ」スタート
http://inakami.net/works/inakalabo-11381.html
提供:NPO法人FUSE
企画運営:NPO法人いなかみ
この記事を書いた人
【プロフィール】 渡辺瑠海 わたなべるみ 放送業界を経て25歳で出版の世界へ。東京でライターとして雑誌企画、書籍制作に携わった後2003年に高知にUターン。書籍、冊子を手がける。著書『田舎暮らしはつらかった』『龍馬語がゆく〜日常をハイに生きる土佐弁』『イヌキー・私とトートバッグ犬の10年』高知新聞連載『はちきん修行記訪ねて候』など。 |