香美市に関わる魅力的な人を紹介する連載記事として「かみめぐり~香美を廻る体験博~」の各プログラムを主催する10人にインタビューを行いました。
第7回は『「土佐塩の道」歩きと名物竹べんとうに舌鼓!久保川から庄谷相コース!』、『海と山、昔と今を繋ぐ古道「土佐塩の道」大栃から庄谷相コース!』を企画されました、土佐塩の道保存会、初代代表の公文寛伸さんにお話を伺いました。
土佐塩の道
時は遡り400年前、香美市物部町には当時高知県の商業の拠点であった赤岡町とを結ぶ山道が存在し、その道を通じて食料や生活用品が運ばれていたそうです。海と山を繋ぎ、人々の生活を支えた命の道は、当時「塩の道」と呼ばれていました。
土佐塩の道は、ソルトロードとも呼ばれており『美しい日本の歩きたくなる道500選』、『新日本歩く道紀行文化の道100選』、『文化庁歴史の道100選』に選ばれ、香美市文化財としても登録されています。
公文さんは、土佐塩の道を再整備した第一人者として土佐塩の道保存会初代会長を務め、各種団体や機関への働きかけに尽力し、塩の道の普及に貢献されました。
現在も”塩の道保存会”に所属されており、塩の道を案内する観光ガイドの育成や後継者作りに尽力されています。
公文さんが塩の道の再整備を始めてから、昨年で20周年を迎えたそうです。
土佐塩の道保存会が企画しているプログラムのひとつに体験ウォークというものがあります。所要時間30分の気軽に歩けるコースから、一日がかりで体験する道(30㎞ウォーク)まで、16種類ものコースがあり、体力や気分に合わせ、自分だけの歩き方をカスタムできるようになっています。
語り継がれる昔話をガイドが案内してくれる『ガイドウォーク』というコースもあり、その途中では塩の道名物の『おばやんの竹べんとう(地域限定)』も食べられます。
この「おばやんの竹べんとう」は、公文さんが監修を担った商品のひとつで、ゼンマイやタケノコなど季節の山菜など、その地域にある食材のみで肉や魚は使用していません。お弁当の仕切りにも銀紙やプラスチックの代わりに地域に生えている葉を代用する等、とことん地元産にこだわっています。
自然豊かな山の中での食事は身も心もリセットできる素敵な時間で、『おばやんの竹べんとう』を食べるためにガイドウォークを申し込む人もたくさんいると公文さんは話してくれました。
また、季節の良い秋には、塩の道を駆け抜ける『トレイルランニングレース』の催し物もあり、自然豊かな山道を走れる事から、全国から走りにくる人も多いのだとか。
振り返れば既に出会っていた塩の道
公文さんが塩の道を発見し、再整備することになったきっかけは、意外なことでした。
ある日、近所の人から「自分が生まれた頃から家の近くに大きな石碑のようなものが転がっていて気になって仕方がない。なんとかしてくれないか?」と頼まれた公文さん。
その石碑をよく調べてみると、元は昭和南海地震で倒れていた庄谷相屋敷丁石だったことが分かりました。地震によって山から崩落したもので、丁石を元あった場所に返そうと地元のメンバーで作業をしたそうです。その丁石があった場所こそが現在の塩の道だったそうです。
丁石が小高い山の上や、道と道との交わりがある場所、一休みできる場所などに一定区間に意図があって設置されていたのを知り、公文さんらは少し歩いて探検してみようと試みます。
400年前、多くの人が人力で物資を運ぶのに利用されていた道。その後、人類が発展していくにつれて使用されることがなくなったからか、いたるところに草が生い茂っていました。
その時、公文さんは「こんな所に昔の歴史を感じられる”塩の道”があったとは。この道を再整備して後世に繋ぎたい!」と思い立ち、塩の道の再生を始められたそうです。
塩の道と公文さんのお話はこれだけではありませんでした。「私が通っていた『拓(つぶせ)小学校は、家から2.5㎞ほどあり、毎日山道の中を通っていました。丁石を元あった場所に返したことで偶然塩の道を発見し、再整備に取り組んだ訳ですが・・・色々調べていると自分が幼い頃小学校に何気なく通っていた道が実はこの塩の道だったことが分かりました」
「偶然でありながら”塩の道”との不思議な縁を感じる」と現在に至るまでの経緯をお話いただきました。
田舎が元気でなければ日本の元気は続かない
「日本社会は、戦後急激なスピードで成長をしてきました。現在の便利な生活ができているのも人類の功績だと言えるでしょう。
一方で、その土地の歴史や文化、自然など日本の素晴らしい良さも徐々に薄れている気がします。先ばかりを考え進んできた日本は今行き積んでいるようにも見えます。
コロナで都会の人の視線は田舎に。今一度、日本は大きな方向転換をすべき時期なのではないかと思うのです。自然に触れ、人と関わり、暮らしの原点に立ち返る事が、本来の人間らしい生き方に繋がると考えています。」と公文さん。
公文さんの思う 塩の道 の素晴らしいところは、この場所の歴史が垣間見える所。そして気分的に疲れていてもこの場所にくれば、緑あふれる豊かな自然の中、騒音とは無縁のこの場所で五感を使って息をすることができ、全てがリセットされたような気持ちになれる所と話してくれました。
塩の道を発見した時に、今まで知らなかった地域の大きな宝物であると気づき、人がまだしていないことができることに喜びを感じたそう。
「やはり何でも一人でやるのには限界があるので、地域のメンバーと力を合わせることでできたことだと思っています。塩の道を通じた活動が少しでも若い人や県外の人に届いたら嬉しいです。」
過去に命を吹き込み、未来に明るさを灯す
塩の道は、土佐塩の道保存会により作られた動画がYutubeにもアップされており、塩の道に歴史があることを感じられる内容になっています。
【外部リンク】
ソルトロード〜塩の道〜PV【高知】YUTUBE
https://www.youtube.com/watch?v=D0vvaDw5W1A
現在、塩の道保存会のメンバーは平均年齢が70歳を超えています。
しかし、目標を持ち仲間と力を合わせることにより大きなエネルギーが生まれ、それが組織の原動力になっているそうです。
仲間や若者と力を合わせることで成し得たこの塩の道再整備で、田舎の元気さを伝えていけたらと公文さんは未来を見据えて話してくれました。
埋もれて見えなくなっていた過去に再び命を吹き込み、高知の歴史を感じられる道として広く伝えていくことで、物部だけでなく、高知全体の未来を明るくしてくれるような気がします。
『過去に命を、未来に明るさを。』
公文さんを筆頭に作られたこの塩の道に関する方々の志が、若い世代にも継承され、高知の大切な宝として受け継がれていくことを心から願います。
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土佐塩の道保存会
HP: http://tosashionomichi.qcweb.jp
(ガイド付きウォークや、トレイルランランニングレースの情報などチェックしてみてください。
土佐塩の道30㎞ウォークは5月28日に開催される予定)
FB https://www.facebook.com/tosa.shionomichi.hozonkai.kamishibu/
(詳細はFBをチェック)
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【外部リンク】
かみめぐり「土佐塩の道」歩きと名物竹べんとうに舌鼓!久保川から庄谷合コース!https://kamimeguri.com/programs/6175ef0c421aa900011e8dec
海と山、昔と今をつなぐ古道「土佐塩の道」大栃から庄谷合コース!
https://kamimeguri.com/programs/61765d54421aa900011ea8a9