むかし、殿様がおしのびでいなか道をお通りになっていたとき、ある茶店に立ち寄ってお茶を所望されました。
この茶店には二人の娘があり、姉は“まま子”でありましたが、きりょうがよく気だてもやさしい人でした。
さっそくお茶をくんでていねいに差し出すと、殿さまのお目にとまりました。
ナゲシに
”おんさらさらさらさの山に雪ふりて 雪をたよりに思う松風”
という歌を書いてはってあるのをごらんになった殿様は、「あれは誰の歌か」とお尋ねになりました。
姉娘が「つたない歌でございますが、私が書きました」と申し上げると、殿様はますます気に入って、父親に「娘を嫁にくれんか」といいました。
父親は一も二もなく承知しました。
“まま母”は自分の娘を殿様に差し上げたいと思い、父親にせまって姉娘を殺させようとしました。
父は仕方なく姉娘をつれて熊の淵へ行きましたが、かわいそうでどうしても殺すことができず、「この手でお酌したからこんなことになった」といって、姉の片腕を切り落とし、殺したことにして家に帰りました。
娘は淵にとびこんで死のうとしましたがつまづいて倒れ、淵の上の木の株に引っかかって苦しんでいますと、父親が日頃信心していた清水の観音さまのお使いの熊がきて傷口をなめまわし、切り落とした腕をもと通りひっつけました。
娘は熊の案内で広い畑に行き、そこで作物の番をしてその日その日を送っていました。
ところが夜になると化け物が出てきて作物を荒らし、人々の大さわぎとなりました。それは熊が人を集めるためにこのさわぎをおこさせたものでした。
話を聞いた殿様は「このおだやかな世に化けものが出るとは」と、若殿をつれてようすを見に行きました。
畑のすみにみすほらしいなりをした女の子が立っているのを見ると、「こりゃわしがもらってあった娘ぢゃ」といってお屋敷につれて帰り、着物をきかえお化粧をさせるとすばらしい美人になりました。
娘は若殿の奥方になり、ながくしあわせに暮らしました。
※物部町にはたくさんの民話が伝えられています。今回は笹地区に伝わる民話をご紹介いたしました。
出典:村のあれこれ 著者:松本実
NPOいなかみ