2021年1月発行の「いなかみだより№35」をお届けいたします。

香美市の移住者インタビュー03

岡崎家 岡崎敦聡さん・絵美さん

秋の穏やかな日差しの午後、土佐山田町の岡崎家を訪ねました。「香美市で大正解!」と香美市での生活を満喫する敦聡さん絵美さんご夫妻に、移住のいきさつと暮らしの変化をお聞きしました。

岡崎家のメンバー
岡崎家のメンバー

敦聡(あつとし)さん 東京都出身。同じ職場で働いていた絵美さんと出会い、その後結婚。東京での会社員時代は仕事に邁進し続けるも、高知への移住を決意し、2018年7月に退職。現在は香美市香北町にある生産者直販所『韮生の里』店長。
絵美(えみ)さん 高知市出身。大学進学を機に上京する。結婚後は都内の企業で働きつつ、家事育児との両立をする生活だった。太陽さんの小学校卒業を待って、東京から高知へ。
太陽(たいよう)さん 2008年東京生まれ。2019年3月に都内の小学校を卒業後、同4月に香美市立鏡野中学校に入学。


 

移住を決めた時期

生まれたときから東京人の敦聡さんと高知市出身の絵美さんは東京で結婚し、太陽さんが誕生、幹線道路に面したマンションの11階に暮らしていた。敦聡さんご本人は覚えていないそうだが、10年くらい前に「いずれ田舎暮らしがしたい…」と口にしていたそうだ。絵美さんの移住につながる動機は、「東日本大震災がきっかけかも知れない…」という程度で、ただちに高知に向かうという考えはなかった。
時が流れ、太陽さんの小学校卒業を前にし「田舎暮らしをするのに最適なタイミングが来た!」という思いが一致し、移住を決断することになった。幸い、太陽さんにとって、毎夏祖父母宅で過ごす高知はよい思い出が詰まった大好きな土地だった。

放し飼いされいている鶏。自由に動き回るため、餌用に播いた小麦の芽は全滅…
放し飼いされいている鶏。餌用に播いた小麦の新緑は全滅…さぞ、おいしかったのでしょう

移住地探しは続く…

敦聡さんは、退職を前にした有給休暇消化中の2018年6月に単身高知へやって来て、高知市にある絵美さんのご実家を拠点として移住先を探し始める。
住まいについては「古民家風の平屋で、家の敷地が十分にあり畑ができて、井戸があるか近くに川がある」とはっきりした理想を描いていた。ところが、希望するエリアが決まっていない中で家探しを始めており、「住む家がみつからない」状況が長く続く。結果として、約2ヶ月のうちに県内中部〜西部地域の20ヶ所を超える市町村を訪れ、いなかみも含め11ヶ所の窓口へ相談に出向いた。

探し始めた当初は、おふたりとも「限界集落のような地域に憧れもあって、より田舎で、半自給自足的な生活がいい」という思いが強かったそうだ。ただ、調べていくうち、太陽さんの通学問題や進路を考えてみると、”便利な田舎”エリアでないと自分たちの人生設計が難しいことに気付くことになった。
家探しに決着がつかないまま、敦聡さんは、2018年8月から四万十町にある『高知県立農業担い手育成センター』で長期研修を受ける。田舎暮らしで、農業も含めた生活を考えてのことだった。絵美さんと太陽さんは東京での暮らしを続けており、入学する中学校が決まらない不安は大きくなっていた。

 

家が見つかる!!

農業研修を受けつつ、住まいと同時に地域の特色に合う仕事も並行して探し続けていたが、なにより家が決まらず、言葉通りの”必死”になって探すようになっていた。そんなある日のこと、家探しに協力してくれていた知人が温泉で隣り合ったのが香美市内の不動産屋という縁で、現在の住まいとなる物件の紹介を受けることに。地図上で確認したところ理想と違うと思ったそうだが、現地に行ってみると、家も周辺環境も「一目惚れ状態」だったそう。その時が2018年末、契約時点にはすでに太陽さんの4月入学の手続期限が迫っており、必要な書類を揃えるためにドタバタな毎日。家のリフォームが完了する5月までの1ヶ月間は高知市内からの通学となることも含め、無事に暮らしの場が定まった。

築45年の木造家屋を活かし、外壁や内装をリフォームした。(写真提供:岡崎さん)
築45年の木造家屋を活かし、外壁や内装をリフォームした。(写真提供:岡崎さん)
絵美さんのお父様がリフォーム設計を担当。明るい日が満ちるリビング。
絵美さんのお父様がリフォーム設計を担当。明るい日差しが満ちるリビング。

移住後の働き方

敦聡さんの仕事は、農業研修を受けるうちに農業一本を生業にするのは厳しいと判断し、他の働き方を検討することに。田舎暮らしをするにあたっては、東京時代から趣味で続けていた革加工に結びつく狩猟も目的のひとつであり、いなかみ等からの紹介を受けながら地元の方との出会いを重ねていった。そんな中、地域の”食”分野に関わることができる生産者直販所『韮生の里』で働くことが決まった。

一方、絵美さんは、東京でインターネットを利用した物流事業者同士のマッチングサイトの管理・運営業務に従事していた。職場から移住後も「在宅でも続けてみたら」という提案を受けたことにより、高知でも仕事を続けることになった。在宅ワークのみだとコミュニケーションを図る上で難しいこともあるため、月1回1週間の出張で東京に滞在する働き方をすることに。ちなみに、会社としても絵美さんが在宅ワーカー第1号であり、当初は試行錯誤も多かったそうだが、コロナ禍で在宅ワークの人が増え、現在は仕事を進めやすくなったそうである。

押し入れを生かしたワークスペースと絵美さんのワークスペース。どちらにも太陽さんが描いた絵が飾られていた。
押し入れを生かしたワークスペースと絵美さんのワークスペース。どちらにも太陽さんが描いた絵が飾られていた。

家族の暮らしを整える

移住をきっかけにお互いの働き方・稼ぎ方も大きく変わることは分かっていたので、家事を半分ずつ担うことは決めていた。しかし、会社員時代の敦聡さんは帰宅時間が遅く「帰宅したら全部自分の自由時間の生活だった」ため、移住後は掃除洗濯炊事と全てが大変で「最初は、地獄だった」と。絵美さんは絵美さんで、慣れない在宅仕事のストレスがある中で、「頑張れば、もっと家事もできるけど…でも、旦那にもなんでも家事がこなせるようになってもらう!」との思いがあったため、ギリギリの状態で踏ん張っていたそうだ。
また収入面でも、敦聡さんは『韮生の里』の仕事が週2〜3回のアルバイトで始まったこともあり、サラリーマン時代の自負が重荷となり、焦りやイライラがあったそうだ。絵美さんとしては、東京で通った高知県主催の『こうちアグリスクール』を受講した中で、「移住して1年位はものすごく喧嘩が増えました。」とおっしゃる移住者さんの語りが記憶に残っていたため、ある程度の覚悟はしていたそう。それでも、5月に引っ越してきてすぐから夏頃までは、家庭内がギスギスすることが多く、絵美さん曰く「家族のカタチを変える産みの苦しみ…」があったとのこと。

敦聡さんは移住後の生活全般について、「今思えば、子供が社会に出るまでの資金や、家の資金等の考えうる範囲でハード面の準備は出来ていたけれど、日々の暮らしをどう回すかというソフト面では全く準備できていなかった」と振り返る。少しずつ軌道修正を繰り返しながら、徐々に自信をつけてきたそうだ。

鶏が自由に食べてしまうため、畑の中に鶏&虫よけのハウスも作った。
鶏が自由に食べてしまうため、畑の中に鶏&虫よけのハウスも作った。

日々の生活

「現在の生活で一番楽しいことは何ですか?」という問いに対して、「ただただ、生活そのものが楽しい」とおふたりの声が揃う。毎日の暮らしの中で、鶏や畑のお世話する楽しみと同時に「芽が出た」「実ができた」「卵産んだ」と喜びがあり、高知市の親戚と一緒に野菜の収穫するなど楽しみを共有する機会もある。獣の皮をなめしたり、干し柿をつくったり、やりたいと思うことをひとつひとつ実現していっている。また、地域の方々が程よい距離を保ちながら、いつも気にかけてくださる環境で、「ここでよかった」という安心感も大きいそうである。

敦聡さんは、移住前は「地域の役に立ちたい!」など意気込んだ気持ちがあったそうだが、今は地域に必要とされるお店で働き、暮らしを作る喜びの中で、仕事を組み合わせて行ければと考えている。絵美さんは、東京出張と在宅ワークをこなしつつ、自分で薪の調達ができるよう森林総合センターでチェーンソーや草刈り機の使い方を学んだり、畑仕事をしたりと、休日こそ家周りでやりたいことがありすぎて時間が足りない!という充実した生活。太陽さんも、入学当初は全く友達がいない環境で学校に馴染みにくいと感じていたこともあったが、現在は休みの日に友達と行き来して遊ぶことも多く、香美市での生活を楽しんでいるそう。

庭で干された毛皮と敦聡さん自室
庭で干された毛皮と敦聡さん自室
絵美さんがコツコツ準備した薪。
絵美さんがコツコツ準備した薪。

この先は、「家の周りでできる生産活動」に取り組みたいとのこと。昨シーズンも『韮生の里』に太陽さんデザインのラベルを貼ったたぬき油を出荷していて、これからも自給の延長ぐらいのペースで作ったものを売ることに挑戦するとお聞きし、地域住民としても岡崎家の”新商品”が楽しみである。

(記事作成 NPO法人いなかみ)

 

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